今回の記事では印象に残った名古屋市内の舞台上演の感想を述べたい。現代アート・映像プログラムのまとめはこちら →
『世界中から集まった人々が架けたアートの虹』
最先端の現代アートとともに世界最高峰の舞台芸術が見られることは、あいちトリエンナーレの大きな特徴。今回はプロデュースオペラや、ダンス、音楽、映像といったジャンルを行き来するボーダーレスで先鋭的なパフォーミングアーツ10組13作品が上演された。
◎ユーモアとエネルギーに満ちた海外アーティストたち
8月11日~14日にはブラジルの振付家ダニ・リマさんのカンパニーによる「Little collection of everything」がオープニングアクトとして上演された。ダンサーたちは雑多に置かれた100を超える日用品を次々に手に取り、遊びの中から日常的な物や仕草を再発見していく。今回の上演にあたり日本語に翻訳しながら再創造されたという小気味の良い言葉や、表現力豊かなダンスは、カラフルな虹を眺めているようで心が躍った。影絵を使った後半のパフォーマンスも、別途でたっぷりと見たいと思わせる楽しさ。観客の笑い声に満ちた祝祭のスタートにふさわしい作品だった。
ダニ・リマ「Little collection of everything」 photo: 羽鳥直志
フラメンコ界の革命児と呼ばれるイスラエル・ガルバンさんは「SOLO」「FLA.CO.MEN」の2作品を上演。「SOLO」は、音楽も照明の変化もない舞台でガルバンさんが1人でフラメンコを構成する全ての役割を担うソロ作品。黒一色のシンプルな衣装で舞台に立ったガルバンさんは、自らの身体をたたいたり、言葉を発したりしながらダイナミックなダンスを披露。時に客席に下りて間近で踊るエネルギッシュな姿や、ユーモアにあふれる動きと表情に、満員の観客は時に息を飲み、時に笑いながら舞台を楽しんだ。
名古屋市芸術創造センターで上演した「FLA.CO.MEN」は、6人の音楽家の演奏と豊かな光と色彩の中で踊る「音楽と共につづる旅」。音楽家たちは踊り手のために演奏するのではなく、フラメンコを解釈しながらそれぞれの独自の世界を持って音を出す。ガルバンさんは音楽家たちが奏でる新しい音をとらえ、さまざまな表現を生み出していく。緊張感があふれながらも、ユーモア精神を忘れない出演者たちの作り出す空間が心地よかった。2つの舞台を見た観客は、フラメンコという舞踊の伝統的な技術の美しさに感心し、更新を試みる情熱に感動しただろう。
イスラエル・ガルバン「FLA.CO.MEN」 photo: 羽鳥直志
フィリップ・ドゥクフレさんが率いるカンパニーDCAの舞台「CONTACT」は、総合的な舞台芸術の中にサーカス的な要素を使用している作品。アクロバットやダンスなどの身体表現と映像によるイリュージョンの見事な融合で、「ファウスト」をモチーフにしたファンタジックなスペクタクルを舞台に出現させた。
カンパニーDCA/フィリップ・ドゥクフレ「CONTACT」 photo: 南部辰雄
◎愛知で上演すること、世界とともに上演すること
「Co.山田うん」の舞台「いきのね」は、奥三河地方で700年以上にわたり継承されている芸能神事「花祭」へのオマージュとして、現地でフィールドワークを重ねながら創作したダンス。土が敷き詰められ、たいまつの炎が揺れる舞台で、16人のダンサーが静寂や自然の音、楽器の音が変化する中を踊り続けた。ダンサーたちは花祭の会場に足を運びリサーチしたり、舞の一部を実際に体験したりしているそうだが、儀式の型をなぞるのではなく、積み重ねられた歴史や神事の本質をつかみだし、観客へ向けて放射するように踊ってみせた。
Co.山田うん「いきのね」 photo: 羽鳥直志
青木涼子さんの「秘密の閨(ねや)」は、日本の伝統芸能・能楽とフランス人作曲家の音楽を融合させた「能オペラ」。青木さんは本来のシテ、ワキの両方の役を演じ、バイオリンやチェロの演奏とともに、台詞を語り、能の「謡(うたい)」を折り込み「安達原(黒塚)」を下敷きにした物語を伝えた。観客の視線を舞台中央前方に集中させ、わずかな動きや声も伝え損ねないように舞う姿は、鬼気迫る緊張感と静ひつな美しさを兼ね備えていた。
青木涼子「秘密の閨(ねや)」 photo: 南部辰雄
◎街に飛び出すパフォーマンス
まちなかでのパフォーマンスは毎回、あいちトリエンナーレの大きな見どころ。第1回の「まことクラヴ」、第2回の「ほうほう堂」に続き、今回、長者町を舞台にパフォーマンスを繰り広げたのは、フランスを拠点とするカンパニー・ディディエ・テロン。カラフルな風船のようなコスチュームで全身を包んだパフォーマーたちが、時に美しく連動し、時に無秩序に移動するパフォーマンス「LA GRANDE PHRASE」は、実に刺激的な時間だった。広い空間でも人が密集した狭い道路でも、状況に応じて変幻自在に生まれる身体表現は、パッションにあふれ、知的でユニークな動きが光る作品だった。
カンパニー・ディディエ・テロン「LA GRANDE PHRASE」 photo: 羽鳥直志
同カンパニーは名古屋市美術館のサンクガーデンでも新作「AIR」を披露。こちらは人型のオブジェがホワイトキューブの展示から抜け出し、ゆるやかに浮遊したり、鮮烈に滑空したりているかのような幻想的なパフォーマンスを見せてくれた。
◎プロデュースオペラ「魔笛」 21世紀のオペラ
プロデュースオペラは世界的ダンサーで演出家の勅使川原三郎さんが演出、美術、照明、衣裳を担当してモーツァルトの傑作「魔笛」を上演した。リングが吊り下げられた舞台美術や、個性的で斬新な衣裳、ダンサー陣の印象的なダンスが目を刺激し、確かな実力に裏打ちされた歌手たちの歌唱と管弦楽、合唱の音楽が耳を喜ばせる。21世紀に、日本人が古典オペラを上演することの意味を考え抜いた勅使川原さんのイメージを、出演者らが見事に体現して見せた優れた舞台となった。
あいちトリエンナーレ2016プロデュースオペラ「魔笛」 撮影:小熊 栄
◎都市の祝祭「虹のカーニヴァル」
第2回トリエンナーレで強く印象に残っているのは、重いテーマが通底する中で、第1回同様のエネルギッシュな祝祭性も見せてくれた再生と復活を祈るパレード「太陽のうた」と、福島の現在と未来を発信する野外ステージ「プロジェクトFUKUSHIMA!」などのまちなか企画だった。今回のトリエンナーレでは、オアシス21で行われた「虹のカーニヴァル」が、その役割を担っていた。フラメンコ、日本舞踊、サンバ、アクロバット、ストリートダンスなどのさまざまな身体表現がプロアマ問わず各地から集合し、ジャンルを横断した祝祭空間をつくり上げた。プロデュースオペラ同様、都市の中心地を使った祝祭空間の演出は今後もあいちトリエンナーレの顔となりそうだ。
「虹のカーニヴァル」 photo: 羽鳥直志
◎新たな挑戦「レインボーウィークス」
新たな試みとして作品を連続して上演する「レインボーウィークス」(10月6日~10月23日)を設定したことも、今回の大きな注目点だった。一日で複数の舞台をはしごして見た観客も多く、トリエンナーレ期間中に舞台芸術による大きな盛り上がりを作り出すことができていた。
記者も栄地区の複数会場を移動して見た日があったが、次の劇場へ向かって走りながら、音楽フェスに参加した時のような高揚する気持ちを感じていた。同じ劇場から飛び出した人とたった今見た舞踊の感想を語り合いながら、次の舞台を見るために栄の街を走り抜けた時間は、なかなか忘れられない体験となった。初の試みだったので、開始時間など、いろいろな意見や感想が寄せられるかもしれないが、間違いなく愛知に多くの舞台が結集したと実感する濃密な期間だった。
◎これからも珠玉の舞台を
今回もダンス、音楽、映像などの一つのジャンルではなく、ジャンル間を行き来するフレキシブルな作品が堪能できたトリエンナーレの舞台芸術。南米、東南アジアなど、参加アーティストが世界各地から集まったこともあり、言葉が無くても分かる、体感できるような身体表現や音楽で作られた舞台は、どれもダイレクトに観客に伝わっていたと感じる。大人も子どもも楽しめるユーモアとエンターテインメントに満ちた作品が多かったのも、とても好印象。珠玉のパフォーマンスとともに、笑い声や鑑賞後に話す観客の笑顔が記憶に残る。舞台芸術はこれからも、あいちトリエンナーレの大きな柱であり続けてほしい。そのためにも、名古屋市内に優れた舞台を上演できる劇場が、さらに増えることを願ってやまない。
(竹本真哉)
あいちトリエンナーレ2016