『愛知ポップカルチャーフェスタinモリコロパーク』は、サブカルチャー、オタクカルチャーと呼ばれるマンガ、アニメ、ゲームやその2次創作に、ヒーローショー、メイド喫茶など周辺領域を含めたコンテンツを「ポップカルチャー」と定義。広範なジャンルを同時に楽しむ空間を演出し、愛知県にポップカルチャーを根付かせることを目的としている。同人誌中心の「コミックマーケット」やコスプレ主体の「世界コスプレサミット」などのようにテーマを絞らない試みだ。
主催は愛知県。企画運営はイベントプロデュース、映像制作などを行っている「名古屋ショーケース(株)」が担当。県内の緊急雇用創出事業としてスタッフを募集し、準備、運営を行った。昨年はあいちトリエンナーレ、開府400年、COP10などビッグイベント目白押しだった愛知県。芸術を題材にした「あいちトリエンナーレ2010」では78.1億円の経済波及効果を生み出し、サブカルチャーを題材にした今回のイベントも注目されていた。
「地球市民交流センター」の野外ステージで行われたオープニングには愛・地球博の人気マスコット・モリゾー、キッコロも登場。愛知県ともども長久手町も、このチャレンジに大きな期待を寄せている。モリコロパークという巨大な空間を、愛・地球博の理念を損なわず、人でいっぱいにしていくコンテンツが求められている。
広い公園内を自由に歩くコスプレイヤー。(写真左)ステージ上の出演者も運営するスタッフもコスプレだ。
『ポケットモンスター』のコスプレをする2人は、先輩後輩の関係。(写真右)
コスプレ衣装を販売する店舗もあるが、自作している人も多い。衣装だけではなく、さりげない小物も手がこんでいる。キャラクターだけではなく、作品世界への愛情が、会場内のコスプレイヤーから伝わってくる。
人気作品の『NARUTO-ナルト-』のコスプレをした皆さんは、ミクシィなどで知り合ったコスプレ仲間。今はネットワークの力で同じ作品が好きな人と知り合い、交流・活動に移すことができるのだ。(写真左)
『紅の豚』のコスプレをした池本さんは、ボランティアスタッフ募集に手をあげて、大阪から参加した。普段は地元を中心に、子ども向けのコスプレイベントを開催しているという。(写真右)マンガ、アニメファンが室内に籠っているというイメージは、もはや過去のもののようだ。
ステージで次々と続く演目は、このフェスティバルの多種多様さを表すものになった。その中から、愛知県ならではのステージをいくつか紹介したい。
こちらは愛知県幸田町のご当地ヒーロー「コウタレンジャー」。地元では有名な子供達の人気者だ。他にも森を守る尾張旭市のローカルヒーロー「森羅特装シュラバスター」などがステージを盛り上げた。
ご当地ヒーロー、ゆるキャラと並び、今後、地域を盛り上げていくキャラクターとして注目されているのは「地元密着型アイドル」。名古屋栄の“会いにいけるアイドル”「SKE48」や、名古屋城で観光客を盛り上げている「名古屋おもてなし武将隊」などはその好例だろう。
歌を披露したのは、名古屋市大須をベースに活躍するスーパーアイドルユニット「OS☆U」の皆さん。声援を浴びるアイドルのステージを見ると、サブカルチャーやオタクカルチャーでは括れない、新しい「ポップカルチャー」としか名付けられない空間が、確かに現出していると実感する。
こちらは知多半島の五市五町をアピールするために結成された「知多むすめ」(写真左)。知多みるくを筆頭に、半田酔子、阿久比ほたる、武豊乙姫など市町村ごとに一人ずつキャラクターをデザイン。その声優募集に地元の子やプロの声優を目指す子が集まり、結成され、人気を呼んでいる。
運営しているのは知多地域の若者の就職支援などを行っているNPO「エンド・ゴール」。(写真右)ポップカルチャーは観光や地域活性化に確かな力となっている。
「大観覧車前広場」では、マンガ、アニメ、ゲームなどのキャラクターがデザインされた自動車「痛車」が大集合。観覧車に乗って上空から痛車群を一望することができた。同じ作品の同じキャラクターが好きでも、デザインは多種多様。その人のこだわりを生かしたこの世に一つのマシン群が集まっている。
久保田さんはアニメ『魔法少女リリカルなのは』のファン。「紅白歌合戦」に連続出場した水樹奈々さんが主題歌を歌っている人気作品だ。
痛車のオーナーは作品の放映が終わっても、なかなか別な作品には移れないとのこと。デザインを変えたりしつつ、愛し続ける人も多いそうだ。
スタッフに「遠方だと岡山県から参加する人がいます」と聞いていたので、探してみた。ハンドルネームは「岡山健」さん。4時間かけて名古屋まで来たとのこと。(写真左)窓やドアなど、つなぎ目も覆うデザインは繊細。(写真右)普段の通勤にも、このマシンを使用していると笑顔を見せた。
ステッカーや塗装の他、車内までこだわる人も多い。コスプレ会場限定で「変身」するコスプレイヤー達の感覚と、愛するキャラクターと「常に一緒」で町の中を走る痛車オーナー達の感覚とは、微妙に違う楽しみ方だと思われる。音楽ファンだってライブにいったり、自分で歌ったり、いろいろあるように、ポップカルチャーも楽しみ方が千差万別の世界なのだ。
イベントに合わせ、東海の人気メイド喫茶が特別に開店。ポップカルチャーが、世界のメイドの概念を変えてしまったことには驚くばかりだ。
可愛い衣装に身を包んでクラシックをポップに奏でる現役音大生ユニット「Alice(アリス)」。(写真下)メンバーのひとり・MIKAさんは、リニモのお土産「リニもなか」の歌も歌っている。会場ではゴシック&ロリータや和装などのファッションショーも開催。アニメやマンガと並び、日本の女性のファッションは世界が注目する「ジャパニーズポップカルチャー」となっている。
かつても今もマンガ、アニメファンの創作意欲を刺激するプラモデルも並ぶ。商品の精巧さも、作り手のアレンジする能力も年々、飛躍的な進歩を続けている。「痛単車(バイク)」に乗ったドアラのフィギュアも。(写真上右)
このガンダムは段ボール製。(写真左)多くの参加者が、カメラを構えていた。
同人グッズとテーブルを並べて、ゲーム会社のブースなどがある販売コーナーを見ると、送り手と受け手の垣根が小さくなっていることが、ポップカルチャーの特徴と感じる。かつて「コミックマーケット」は、アマチュアのファンが同人誌を販売するところから始まり、今ではプロも作品を並べるのが普通になった。
プロとファンの間の“同人”というポジションの存在が、ポップカルチャーの世界をカオス的祝祭空間にする力となっている。その中から生み出される熱狂や愛情は、芸術性や技術、マスメディア発の流行などには捕らわれないパワーを作品に注ぎ込んでいる。
イベント終了後、「愛知ぽぷかる制作委員会」事務局に話を聞いた。2月13日のモリコロパークへの全体入園者数は9,700人。イベントへの来場者は約6千人という数字が出た。また、このイベントにはリニモ(愛知高速交通東部丘陵線)の乗客増加の促進という側面もある。事務局はイベント前にリニモ藤が丘駅で、フェスタのイメージキャラクターがデザインされたリニモカード発売イベントなども行い、集客に力を入れた。9,700人のうち、1,707人がリニモを利用しての入園。リニモ乗車証明書発券数とスタッフリニモ利用者の合計は乗車往復2,840人となった。
名古屋ショーケースの中野公雄さんは「初めてのイベントで、事務局とボランティアとの連携の徹底など反省すべき点はありますが、いいイベントになりました」と話す。短い準備期間の中、十分に顔合わせや話し合いをする時間が少なかった人もいたが、スタッフも参加者も自発的に動き、積極的に協力してくれたので、とても助かったという。
「今回はインターネットを使った効果的な宣伝もテーマでした。愛知県も自由度の高い情報伝達を認めてくれたので、公式サイトの充実とツィッターの活用に力を入れました」。多くの情報を発信するHPと、開催までの準備の盛り上がりや、外部からの反応を収集するツィッター。フェス当日まで続くコミュニケーションは、有効だったと考えられている。
今、東京では国際アニメフェアを前に、イベントの内容や在り方が問われている。サブカルチャーイベントの東京からの拡散の可能性も議論されている。愛知県で行われたフェスタは、東京の状況とは関係なく企画されていたものだが、タイムリーな実験になったと思われる。
ポップカルチャーの場合、大前提になるアニメ・マンガ・ゲーム商品は、日本中どこでも買える大量生産商品だ。名古屋という一都市がその作品を鑑賞し、楽しむための特別な街になるべき理由は、たぶん今のところない。今回、評価すべきなのは成人向けの内容を廃しつつ、広いジャンルを認めて多彩な趣味嗜好が交流できる場を作ったことだろう。中野さんは「細分化された趣味の世界を持つ者同士で固まるのではなく、互いの好きなものを認め合い、楽しむことが大切。ジャンルの交流、拡散がこのイベントの大きな狙いだった」と話す。
「ポップカルチャー」と呼ぶことのできるジャンルが、さらに広がり続け、東京を含めた全国各地で、その交流の場が形になることが理想だ。それはポップカルチャーのみではなく、芸術やエンターテインメントにおいても同様だろう。中野さんは「愛知県を、市民が参加しながら、ポップカルチャーを大いに語り、表現できる聖地にしたい。今回のイベントが終わりではなく『愛知・ポプカル聖地化計画』に長くチャレンジし続けていきたいです」と力強く語った。
昨年の「あいちトリエンナーレ」でキュレイターにインタビューした時に、印象に残った言葉がある。「分からないもの、自分と違うものを否定せず、寛容に受け止められる街に、アートの花は開く」。今回はサブカルチャーで、その実践を見た気がする。
様々なチャレンジを続けることにより、愛知県が文化都市になるための要件は見えてきた。必要なのはお金や人の数だけではない、街の懐の深さ。もちろん、それは他の県もできることだが、すでに全力で取り組んでいる人達がいる愛知県は、大きな可能性を秘めているのではないだろうか。愛知県がポップカルチャーファンの集まる聖地になれば、スタッフ、参加者だけではなく、記者もコスプレで取材する日がくるのかもしれない。
愛知ポップカルチャーフェスタ公式HPは現在も稼働中。イベントの写真やイラストを募集している。
追記
この記事は3月11日の「東日本大震災」の発生前に取材・執筆したものです。その後、記事中で触れた「東京国際アニメフェア」は中止となりました。この日、愛知県に集まってくれた人達や、そのご家族にも被災された方がいるかもしれません。
掲載取りやめも考えましたが、アニメフェスへの思いを語り、他地域のポップカルチャーファンとの交流を望んでいた参加者たちの、笑顔溢れる写真を載せることは大切だと思い、記事を掲載することにいたします。
被災地の皆さんが日常生活を取り戻し、それぞれの愛するカルチャーを楽しめるような時が来るまでは、まだ長い時間がかかるでしょう。1日も早く、また東京で世界に誇れるアニメフェアが開催され、東北の地にポップカルチャーファンの笑顔に満ちたイベントの場が戻ってくるよう、心からお祈りいたします。
プロフィール
竹本真哉 フリーライター。元「名古屋タイムズ」芸能文化部記者。