特集

サカエから全国を席巻したムーブメント、ヒップホップ

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80年代後半、パルコの誕生でサカエの音楽文化が変貌


SEAMO、nobodyknows+、HOME MADE 家族ら名古屋ヒップホップアーティストは、主にサカエ地区のクラブから現れた。サカエは大手レコード店、個人経営のレコード店、ライブハウス、クラブなど、多くの音楽スポットが点在するエリア。

一般の人々にはタワーレコード名古屋パルコ店、そしてライブハウス・クラブクアトロが馴染みだろう。どちらも名古屋パルコ内にある。ヒット作だけでなく、音楽ファンが追いかける小セールスの音源も取り扱うタワーレコード。500人強という収容人数もあり、ビッグアーティストでなくテレビに露出しない良質アーティストを招聘することが多いクラブクアトロ。パルコが名古屋に誕生したのは1989年のことだが、当時、細分化しつつあった音楽文化を伝える意味でこの2店が果たした役割は大きかった。しかしこの2店は、東京、あるいはロンドン、ニューヨークの音楽シーンを伝える役割は果たしていたものの、ここから音楽文化を生み出す役割はその性質上担っていない。音楽が出来上がる上での土壌作りで担った役割は大きいが、決して文化の発信場所ではなかったのである。

ではこれらの土壌が作り出したサカエの、名古屋の音楽文化はどう花開いたのか。それがSEAMO、nobodyknows+、HOME MADE 家族らヒップホップ勢と言える。もちろん表面上見えない、もしくは表立っていないジャンルも多数あるが、全国的な展開という意味では彼らがサカエ発の筆頭に当たることは間違いない。

(写真=名古屋中区にある丸美観光ビル。underground、JB’sなどのクラブが入る、名古屋クラブ文化の中心のひとつだ)

undergroundJB’s

旧来のシステムに囚われないクラブ文化からの台頭

彼らは80年代の後半から日本にもその文化が入ってきた、クラブシーンから頭角を現した。サカエ地区はunderground、JB’s、OZONなど名古屋の主要クラブがひしめく地域である。それ以前にあったディスコ、いわゆる「みんなで騒ぎに行く場所」からでなく、もっと音楽性によったクラブシーンで彼らは育ったわけである。

彼らのなかにはまだ名古屋在住で活動中のグループが多いこともあり、地元でこうした仕事をしていると話をする機会も多い。そのなかでいつも驚かされるのは、自分の音楽を広めるための手法、いわゆるエンタテインメント性を彼らは非常に重視しており、かつ独自に確立していることだ。例えばロックバンドであれば、どこかのライブハウスに何度か出演し、ライブハウスに業界に繋がりのある人を紹介してもらう→デビュー→東京進出、というのが一つのパターンとして存在する。そのために、ライブ動員がそれほどでもないアーティストがデビュー、ということも往々にしてある。しかしSEAMO、nobodyknows+、HOME MADE 家族らが活躍するクラブシーンにそうした繋がりは薄く、しかも彼らが活動を始めた90年代中期はまだヒップホップが市民権を得ていたとは言いがたかった、非常にアンダーグラウンドなシーンだったのである。

そんななかで彼らが存在感を放つにはどうしたらいいか。それは、曲を聴きたいと思わせる魅力的な楽曲を作り、ライブを観たいと思う魅力的なステージを行う、という音楽活動の原点。要するにちゃんとお客さんが集まる音楽を作る、という着地点だった。音楽業界でなくオーディエンスに向けた音楽、という当たり前でいて忘れられがちなことを実践できたのである。

事実、彼らはメディアのプロモーションなしで人気を集め始め、また単独での活動だけでなく、多数アーティストが出演する魅力的なイベントも次々に開催。口コミを中心にじわじわと人気を獲得し、インディーズ時代に、すでにそんじょそこらのメジャーアーティストよりは多くのライブ動員を獲得するまでに成長していた。やはり特筆すべきは、閉鎖的になりがちなアンダーグラウンドシーンにおいても、常にエンタテインメント性やポップス感を意識していたことである。現在でも彼らの楽曲は、非常にオーディエンス寄りに作られている。むやみにアーティストエゴを押し付けるのではなく聴き手のニーズもしっかりと踏まえた音楽、そうしたエンタテインメント感はクラブ時代にすでに作られていたわけだ。

(写真=SEAMO、nobodyknows+、HOME MADE 家族。彼らは同じクラブイベントに出演ししのぎを削ってきた。同じエンタテインメント性を志向しながら3者とも違った持ち味を持つのは、そこでのしのぎあいの結果とも言える)

SEAMOnobodyknows+HOME MADE 家族

名古屋ヒップホップが日本のJ-POPシーンに定着

21世紀に突入すると、彼らはいよいよメジャーシーンでも存在感を増していく。まず脚光を浴びたのは、名古屋出身、そして在住であることを声を大にして活動をしたnobodyknows+だった。2004年にリリースした1stアルバムは50万枚のセールスを記録。同年にはNHK紅白歌合戦への出演も果たし、彼らの名は一躍全国区に。それは同時に彼らが仲間とともに培ってきたエンタテインメント性が、メジャーシーンでも通じることを証明した瞬間だった。

続いてメジャーシーンへと乗り込んだHOME MADE 家族は、 “ナゴヤ”というキーワードに頼ることなくシーンに定着。SEAMOは当初はシーモネーターととしてデビューを飾ったものの、不遇の時を過ごした後にSEAMOと改名。その後は「マタイアマショウ」に代表されるバラードという新機軸を打ち出し、2006年に発売した2ndアルバムはオリコン週間アルバムチャートで初登場1位を記録と、日本のHIPHOPソロアーティストとしては2人目となる快挙を成し遂げた。

全国区で一定の成功を収めた彼らが次に考えたのは、そこで掴んだお客さんを動員する、クラブイベントよりも大きな規模でのイベント開催だ。nobodyknows+は2005年に「NAGOYA MUSIC EXPO」をエンゼル広場で実施。nobodyknows+のほかにはフラワーカンパニーズ、チェリッシュなどが出演と、ジャンルに縛られずかつ無料で行われた。イベントは大いに盛り上がったものの、栄の真ん中という場所、無料ライブという形態など諸問題もあり、残念ながら定例化することはなかった。この規模のイベントを継続するには色々な部分で大きな体力を必要とする、見ていた筆者だけでなく、関係者、アーティストもそう強く感じたに違いない。

そして2007年、ナガシマスパーランドという絶好の場所を経て、SEAMOが発起人となり「TOKAI SUMMIT」がはじまった。かつてクラブイベントでしのぎを削ったSEAMO、nobodyknows+、HOME MADE 家族が舞台を大きくし再び集結。SEAMO曰く「いろいろ問題も出たし、もうやりたくないっていうぐらい大変だったけどとにかくやりきった」と初回ならではの苦労も多かったが、地元の若手アーティストを大きなステージに立たせるなどのテーマも実現、定例化への道筋は作り上げた。今年はますますの成熟が期待される。

(写真=昨年のTOKAI SUMMITの様子。2007年7/28(土)にナガシマスパーランドにて開催されたTOKAI SUMMIT。ベテランのみならず若手アーティストも多数出演し、真夏のナガシマを盛り上げた)

TOKAI SUMMIT

過渡期を迎えたシーン。今後の手がかりはやはりクラブにあり

全国的な認知と地元での大型イベント開催と名古屋ヒップホップシーンはひとつの結果を残し、現在は過渡期とも言える時期を迎えている。SEAMO、nobodyknows+、HOME MADE 家族らに続く若手として、カルテット、手裏剣ジェット、KAME & L.N.K.、Sonar Pocket、KingrassHoppersなどが着々と力を付けているが、まだ一つ頭を抜け出したグループはいないのが現状だ。後進アーティストならではの難しさが常に付きまとうなか、先人たちが作り上げたエンタテインメント手法と違った見せ方をどれだけ作り上げていけるか、今後の動向に注目したい。

そしてこのムーブメントを作り上げた3組も活動の転機をそれぞれ迎えている。SEAMOの目指すべきところは、常にシーンに君臨し続けるポップスターへと明確に定まった。nobodyknows+はシーンでの成功を通し、現在は原点であるヒップホップ、そしてラップの面白さ、格好よさへの回帰を果たした。歌とラップという他の2組に無い武器を持つHOME MADE 家族は、よりステージングに磨きをかけ会場キャパシティをどんどん上げている。

しかし彼らの面白さは、どれだけ活動のスケールが大きくなりベクトルが異なってこようとも、結果、帰る場所はクラブであるという点だ。3組はそれぞれ現在も、オーバーグラウンドな活動の合間を縫ってクラブでも活動を続けている。SEAMOはTOKAI SUMMITにおいても「メジャー感と、僕たちが培ってきたクラブ感が合わさるといい」と発言するなど、そのベースにはやはり彼らが育ったクラブがある。一つの結実を迎えたことでそれなりの変化が求められる時期ではあるが、この後、彼らがどんな手を打ってくるのか。今後の動向のヒントは、クラブでの活動に隠れているに違いない。


PROFILE
阿部 慎一郎
尾張旭市在住 音楽編集兼ライター。某チケット誌で主に活動中。
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